ナージェ’s blog

ありきたりなこと

歌詞徹底考察 欅坂46ラストシングル『誰がこの鐘を鳴らすのか?』ヘミングウェイ著『誰がために鐘は鳴る』を軸に考察

お久しぶりです。

多忙な毎日のせいで全然ブログ書けていませんでしたが、今回色々感じたことがあったので文字に残したいと思います。

未だに『黒い羊』までの考察が終わっていませんが時間ができ次第書きたいと思っているのでよろしくお願いします。

 

では、早速考察していきましょう。

 

ep.9『誰がその鐘を鳴らすのか?』

f:id:naje58:20200726081633j:image

 

まず、前提として。

今回考察するにあたって、

ヘミングウェイ

 

誰がために鐘は鳴る

 

という作品のサンプリングという軸で進めていきます。

理由として。

私自身の読了感想として抱いたヘミングウェイの作品のイメージと欅坂さんの歌詞の内容がリンクしていることが一点。(具体的に後述します。)

作詞をしている秋元康さんがヘミングウェイがおそらく好きだという点。

秋元傘下のグループには度々ヘミングウェイが登場します。

私が知る限りでは、

欅坂46の楽曲

『日が昇るまで』は、ヘミングウェイ

日はまた昇る』という作品に似ていますし

乃木坂46の楽曲

バレッタ』や『図書室の君へ』は、

その歌詞中に登場します。

また、けやき坂46(現日向坂46)の主演ドラマ

『Re:Mind』

では、「何を見ても何かを思いだす」という言葉が作中に登場します。

これはヘミングウェイの未発表短編集のタイトルとして用いられています。

あと考えられる理由としては、単純にタイトル似ているからですかね(笑)

f:id:naje58:20200726082037j:image
f:id:naje58:20200726082033j:image
f:id:naje58:20200726082041j:image

 

まあこれだけ理由があればサンプリング軸として考えるのも不思議ではないでしょう。

以前も申し上げましたが私見ですのでね。

悪しからず。

 

さて、先のサンプリング説採用理由もそうですが本格的に考察に行く前に説明しなければいけないことが山ほどあります。

そうしていくと今度は、

 

誰がために鐘は鳴るってどんな内容?」

 

ということでしょう。

実は「誰がために鐘が鳴る」という言葉はヘミングウェイが考えたわけではなく、ジョン・ダンの言葉をそのまま引用して作品のテーマとして昇華していたのです。

内容の説明のためにジョン・ダンの本文を引用させていただきます。

いまや穏やかな響きを立てて、鐘が私に言う
  「汝は死せねばならぬ」と。

  多分、鐘の鳴る音を聞いている人は、あまりにも弱っているために、それが自分のために鳴っていることを知らないかもしれない。そして多分、私は自分が実際よりもずっと元気だと思い込むあまりに、私の周りにいて、私の様態を伺っている人たちが、私のために鐘を鳴らせていることを知らずにいるかもしれない。

  教会は普遍的であり万人のためにある。その行為は万人のためだ。すべて教会のなすところは万人に帰属する。だから教会が幼児を洗礼するとき、私は深い関心を抱く。何故ならそのことによって幼児は、私もその一部である頭脳と結合され、私と同じ一つの身体へと結び付けられるからだ。

  また教会が人を葬るとき、私はその行いに関心を抱く。

  万人は一人の著者によって書かれた一冊の本の如きものである。一人の人が死ぬとき、一つの章が本から千切りとられるわけではない。そうではなく、より良い言葉へと翻訳しなおされるのだ。すべての章がそうである。神は何人かの翻訳者をもちいてそれを行う。ある部分は年によって、ある部分は病によって、ある部分は戦争によって、ある部分は正義によって翻訳されるだろう。だが神の手はすべての翻訳に作用している。神の手はちりぢりになったページを束ねなおして図書館に収める。そこですべての本は万人の目に触れることになる。それゆえミサの席に鐘が鳴るのは、単にそこにいる人のためだけではなく、すべての人々のためである。鐘は我々すべてに呼びかける。そしていま病によって死のほうへと近づきつつある私のためにも鳴る。

  訴訟に似た論争の席上(そこでは経験と尊厳、信仰と評価とがいりまざっていた)、朝のミサに際して誰が最初に鐘を鳴らすべきかが論議された。その結果、最も早く起きた者が鳴らすべきだと決定された。

  もし我々が、祈りに際して鳴らされるこの鐘の尊厳を正しく理解するならば、朝早く起きてそれを自分で鳴らしたいと思うだろう。そうすることによって、鐘は自分自身のためにも鳴り、また他者のためにも鳴る。そうだ、その鐘は他者のために鳴り響く。聞いた人はその音を自分のために鳴っているのだと受け止める。そしてそのことを通じて、彼は神に結ばれる。

  太陽が昇るときに、目を上げて見つめない者がいるだろうか。彗星が現れたときに、目をそむける者がいるだろうか。節目節目に鳴らされる鐘の音に、耳をそばだてないものがいるだろうか。鐘の音が自分の魂をあの世へと運んでいってくれることを、望まない者があるだろうか。

  何人も孤立した島ではない。いかなる人も大陸の一片であり、全体の一部である。一塊の土くれが海に洗い流されても、ヨーロッパがもとの姿を失わないように、あなたの友人あるいはあなた自身が洗い流されたとしても、それが無に帰するわけではない。・・・

  だがいかなる人の死も、私の一部を失った気にさせる。なぜなら私は人類の一員なのだから。

  それ故私はあなたがたに言いたいのだ。あえて知ろうとするには及ばない、誰がために鐘は鳴るのかと。それはあなた自身のためにも鳴っているのだから。

 

ジョン・ダンは司祭でしたから、宗教的側面から「死への救済」包含して「魂の救済」をテーマにしていました。

誰がために鐘は鳴る』は、

 

「なんぴとも一島嶼にてはあらず」

 

という書き出しで始まります。

我々は小さな島々に生きているわけですけれども、同じ地球という星に共に生きていること。人間という種の塊として共に生きているのだと。

 

だから、死者を知らせる鐘が聴こえても誰の死を知らせているのか尋ねてはいけない。

それはつまり、自分自身のために鳴っているのだからというのです。

誰かの死は自分自身の一部がなくなっているのと同じなのに、

「誰の為に鳴ってるの?」と聞くのは愚問ですし、とても他人行儀ですよね。

 

ヘミングウェイは作品を通して、

自分本位の行動するのではなく、

もう少し客観的に捉えて

他人にもっと関心を持とうよ。

優しくなろうよ。

そんな内容の本なので欅っぽさムンムンですよね。

 

作品自体はスペインの内戦にゲリラ的に参戦して〜

ファシストvs共和派の〜

そこで出会った男女の恋愛〜

みたいな難しい内容なんですが、これが思ったよりサラッと読める。

興味がある方は是非一読してみることを強くお勧めします。

 

余談なんですが、ヘミングウェイの作品って男女間の心理や生理描写に引き込まれるんですよね。(人間味溢れる言動みたいなもの)

ヘミングウェイ自身は男性のはずなのにむしろ女性を描いている方がリアリズムを感じるんですよね。

あれなんでなんだろ。

一つ自分の中の解としては、

男女の性の壁(考え方とか感じ方の違い)があるからこそ、

ヘミングウェイ自身が女性が

どう考えるか、どう思うかに関心を持って理解しようと努めていたからだと思うのです。

それってまさに『誰がために鐘は鳴る』の真髄で、

だからこそ、ここまで読ませる作品になっているのではないのかなと思いました。

 

脱線してきてしまいましたね。すみません。

それでは、基礎状況を確認したところで本格的に歌詞の考察に参りましょう。

それでは歌詞から。どん。

 

耳を澄ますと聴こえて来る
色々な声や物音
人は誰もその喧騒に
大事なものを聴き逃している

ねえ ちょっと静かに…
ほんの少しでいいから
自分の話じゃなく 他人の話 聴いてみて欲しい
冷静になろうって
合図をくれればいいのに…

もし地球上の片隅に
巨大な鐘があったのなら
世界中のどこにいても
聴こえるのに…

争いごと 起きそうになった時
あーあ あーあ
知らせてあげよう 言葉ではなく
誰でもわかるように
心に響かせるんだよ

だけど問題は
誰がその鐘を鳴らすのか?
この世の中に神様はいるのかい?
会ったことない
その綱を奪い合ってたら
今と何も変わらないじゃないか
そばの誰が誰であっても鳴らせばいいんだ
信じるものが たとえ違ってても
そう平等に…

一番高い山の上
巨大な鐘を吊るせたなら
風に乗って海を越えて
届くだろう 誰かに

悲しみに 俯いてしまったって
あーあ あーあ
語りかけよう どこかできっと
あなたを心配してる
味方がいるってことだよ

愛の救世主
誰がその鐘を鳴らすのか?
そんな重たい責任を持てるかい?
逃げたいだろう?
その綱の大きな権力を
逆に誰も握ろうとするかも⋯
鐘を鳴らせる主導権なんか
意味はないんだよ
支配したって 幸せになれない
愚かなことだ

瞳を閉じて 聴いてごらんよ
自分の言いたいことを
声高に言い合ってるだけだ
際限のない自己主張は
ただのノイズでしかない
一度だけでいいから
一斉に口をつぐんで
みんなで黙ってみよう

Wo oh oh oh oh oh oh…

僕たちの鐘はいつ鳴るんだろう?

だけど問題は
誰がその鐘を鳴らすのか?
この世の中に神様はいるのかい?
会ったことない
その綱を奪い合ってたら
今と何も変わらないじゃないか
そばの誰が誰であっても鳴らせばいいんだ
信じるものが たとえ違ってても
そう平等に…

Wo oh oh oh oh oh oh…

Source: https://www.lyrical-nonsense.com/lyrics/keyakizaka-46/dare-ga-sono-kane-wo-narasu-no-ka/

 

先述した『誰がために鐘は鳴る』の内容がわかればすっと歌詞が入ってくるのではないでしょうか。

 

ここではさらに補足として曲と歌詞の意味を考察していきます。

 

欅坂の楽曲は一貫してストーリー性があると思っていて、例えば表題曲。

サイレントマジョリティー』から『黒い羊』までの「僕」という主人公の『らしさ』を探す物語。

詳しくはこちらで解説していますのでご参考にしてください。

https://naje58.hatenablog.com/entry/2020/02/04/221355

 

こういった曲同士の繋がりから様々な曲を引き合いに出しますがご容赦ください。

 

まず、曲について

メンバーの菅井友香さんは

 

「この曲にはセンターがいない」

 

と仰っていましたし、

センターを置かないことになんらかの意味を持たせているはずです。

 

センターがいないこの曲の主人公である

『僕たち』とは

『黒い羊』で救われた人々や

『避雷針』の僕なのではないかと考えました。

1th〜8thまで平手友梨奈さんが演じ続けてきた『僕』への鎮魂歌だと思えば歌詞をイメージしやすいと思います。

 

そして、パフォーマンスを見る限りフロントメンバーとしてセンター的ポジションに近いのは、

小林由依さんと渡邉理佐さん。

 

『黒い羊』の作中で平手さんに救われる代表の小林由依さん。(ライブパフォーマンスでは特に。曲の最後に小林さんに花束を持たせて終わるというシーンもあるぐらい。)

『避雷針』の作中では、平手さんの避雷針として位置している渡邉さん。(こちらもライブパフォーマンスより)

 

この2人がフロントであることはまさにこの説の象徴と言え、

センターがいない理由として納得できるのではないでしょうか。

 

サビまでは『誰がために鐘は鳴る』の内容から素直に解釈できます。

他人に関心を持とう。優しくなろう。そんな感じ。

ここまでは、乃木坂の

 

シンクロニシティ

 

と内容がほぼ同じ。

f:id:naje58:20200810050147j:image

歌詞も

きっと
誰だって 誰だってあるだろう
ふいに気づいたら泣いてること
理由なんて何も思い当たらずに
涙が溢(こぼ)れる
それは
そばにいる そばにいる誰かのせい
言葉を交わしていなくても
心が勝手に共鳴するんだ
愛を分け合って
ハモれ

 

泣いてる人のために
僕もどこかで
何も気づかず そっと涙流したい

 

鐘が鳴って誰もが感情を共鳴できたならそれはきっと理想的な世界。

それを信じて疑わない乃木坂姉さんの楽曲。

素敵すぎる。

 

だけど問題は
誰がその鐘を鳴らすのか?

 

この着眼点に辿り着ける欅坂がすごい。

神様が手綱を握っている訳ではないなら一体誰が鳴らすのだろう。当然の疑問です。

結論から言えば誰でもいいのです。

気がついた人が鳴らしてあげたらそれで。

鳴らすこと自体に意味はないのですから。

 

だけど問題は
誰がその鐘を鳴らすのか?
この世の中に神様はいるのかい?
会ったことない
その綱を奪い合ってたら
今と何も変わらないじゃないか
そばの誰が誰であっても鳴らせばいいんだ
信じるものが たとえ違ってても
そう平等に…

 

しかし、鐘を鳴らすことを目的とする人もいる。

例えばニュースなどの報道。

(別に悪意はないですよ)

仕事として利権を握る。

そこに本来としての意味はなく、

その利権を奪い合っていたら今と何も変わらない。

どんな人でも平等に鳴らしてもいいのだ。

というサビですね。

 

そして2サビ。

正直ここが1番凄いと思いました。

めちゃくちゃ欅色強いです。

 

愛の救世主
誰がその鐘を鳴らすのか?
そんな重たい責任を持てるかい?
逃げたいだろう?
その綱の大きな権力を
逆に誰も握ろうとするかも⋯
鐘を鳴らせる主導権なんか
意味はないんだよ
支配したって 幸せになれない
愚かなことだ

 

鐘を鳴らす権利は皆平等であるはずなのに、

なぜ重たい責任になるのでしょうか?

逃げたくなるのでしょうか?

 

その答えは『鳴らされる側』に視点を向けるとわかりやすいかと思います。

例えば自分とは異なる境界にいると思っている、

『不協和音』

『黒い羊』

『エキセントリック』

のような、

自分にとっての絶対悪な相手に悲報があったとして、

果たして自分本位の人々は鐘を鳴らしたいと思うでしょうか?

むしろ、鐘の音を聞こうともしないのではないでしょうか?

 

さらにそんな相手の鐘を鳴らす人を見れば、

「お前もあいつの味方なんて変わり者だな」

「黒い羊だ!」

なんて後ろ指を指されるかもしれません。

 

『僕たち』には重すぎる権力かもしれないけれど、

それでも鳴らします。

なぜなら、

 

『黒い羊』の君が周りの羊を助けるためにわざと悪目立ちして厄介者でいる「フリ」をして、

「らしさって一体何?」

とそんな自分に嫌気がさして角を曲がってしまったことを知っているから。

「そんな不器用さを守るには
僕がその盾になるしかない」

そう、ここにあるのは

      「愛の避雷針

f:id:naje58:20200812035206j:image

 

一見、

「鳴らす側」の平等なのかと思いますが、

「鳴らされる側」の平等でもあったわけですね。

そんな相互の思いやりの気持ちを『愛』と呼ぶなら、

 

「愛の救世主」=「愛の避雷針」

 

と言えると思います。

 

そしてラスサビ。

 

僕たちの鐘はいつ鳴るんだろう?

 

ここまで、

誰もが平等に鳴らしたり鳴らされたりするべきだと説いてきたわけですけれども、

そんな

『僕たち』の鐘はいつ鳴るのだろう?

という不安が伝わってきます。

そう思うと1番と同じサビのはずなのに、

 

「僕たちにも鐘を鳴らしてくれないだろうか」

 

そんな嘆願のような歌詞にも聞こえてきます。

 

「誰か」に優しくなろうというより、

「誰にでも」優しくなろう。

情けは人の為ならず。

そんなことを思わせてくれた素敵な曲でした。

 

10月のライブを最後に幕を閉じる欅坂46

また新しく躍進していく彼女たちにどうか加護を。

最後までご高覧いただきましてありがとうございました。

 

f:id:naje58:20200812042358j:image

 

 

「いつか綺麗な大人になれるかな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

欅坂46が求める『らしさ』とは何か『不協和音』編

今回は

 

『不協和音』

 

から、

『らしさ』とは何か考察していきたいと思います。

 

前シングルまでの考察もありますのでよろしければご覧ください。

 

https://naje58.hatenablog.com/entry/2020/02/19/072117

 

ep.4『不協和音』

 

f:id:naje58:20200325033905j:image

 

 

欅坂46の中で一番と言っていいほどの攻撃的かつ好戦的な楽曲。

この曲も欅坂46を代表するキラーチューン。

一度ライブで披露すればそのライブは当たりと言えます。

個人的には曲が神格化されていくのが好きじゃなくて、どの曲も同じ頻度で聞けたらいいのになと思います。

ただ、ライブでのパフォーマンスが凄い。

原子力発電ぐらいの莫大なエネルギー量でファンを圧倒してくる。

メンバー全員が闘争本能剥き出しで曲を体現するところに魅力を感じます。

 

では、ここでいう『らしさ』とは何か歌詞から考察していきましょう。

 

僕はYesと言わない
首を縦に振らない
まわりの誰もが頷いたとしても
僕はYesと言わない
絶対 沈黙しない
最後の最後まで抵抗し続ける

叫びを押し殺す (Oh!Oh!Oh!)
見えない壁ができてた (Oh!Oh!)
ここで同調しなきゃ裏切り者か
仲間からも撃たれると思わなかった
Oh!Oh!

僕は嫌だ

不協和音を
僕は恐れたりしない
嫌われたって
僕には僕の正義があるんだ
殴ればいいさ
一度妥協したら死んだも同然
支配したいなら
僕を倒してから行けよ!

君はYesと言うのか
軍門に下るのか
理不尽なこととわかっているだろう
君はYesと言うのか
プライドさえも捨てるか
反論することに何を怯えるんだ?

大きなその力で (Oh!Oh!Oh!)
ねじ伏せられた怒りよ (Oh!Oh!)
見て見ぬ振りしなきゃ仲間外れか
真実の声も届くって信じていたよ
Oh!Oh!

僕は嫌だ

不協和音で
既成概念を壊せ!
みんな揃って
同じ意見だけではおかしいだろう
意思を貫け!
ここで主張を曲げたら生きてる価値ない
欺(あざむ)きたいなら
僕を抹殺してから行け!

ああ 調和だけじゃ危険だ
ああ まさか 自由はいけないことか
人はそれぞれバラバラだ
何か乱すことで気づく
もっと新しい世界

僕は嫌だ
不協和音で
既成概念を壊せ
みんな揃って
同じ意見だけではおかしいだろう
意思を貫け!
ここで主張を曲げたら生きてる価値ない
欺(あざむ)きたいなら
僕を抹殺してから行け!

不協和音を
僕は恐れたりしない
嫌われたって
僕には僕の正義があるんだ
殴ればいいさ
一度妥協したら死んだも同然
支配したいなら
僕を倒してから行けよ!

Discord Discord
Yeah! Discord

 

f:id:naje58:20200325051257j:image

歌詞からもその攻撃性が窺えますね。

アイドルの曲で抹殺とか妥協したら死んだも同然とかポップとは程遠い単語が用いられていますからね。

それほど主人公である「僕」は譲れない『らしさ』

があるのでしょう。

 

残念なことに、

いやむしろ、薄々感づいてはいたことだが、

世界には愛しかない、

という訳ではないようです。

人それぞれの『らしさ』が何かということは置いておくにしても、

ここにいる人の数だけ道(夢や信念)があるのだから、時には衝突してしまうのでしょう。

例えば、野球をやっていて甲子園に行きたいという夢があったとします。もちろん甲子園に行くためには相手チームを倒して勝ち進んでいくことが条件になります。

ここで自分のチーム以外の甲子園を目指すチームと衝突すると、互いに譲れないでしょうから必ず相手を淘汰しなければ先へ進むことはできません。

ただ、現実にはこのような明暗がはっきり分かれるようなものばかりじゃなく、

実際には目で見ることができないような何かだったりする。

勝ち負けのように結果が明確であれば自分の選択は容易に決定できそうですが、

例えば、「空気を読む」ことなんかはどちらの選択をしようが自分にとって正解なのか一見してわからなかったりするものです。

『二人セゾン』では、芯を持ちつつも変化によって選択も変わることがあることを歌っていましたが、

今回の場合、自分の生殺与奪の権利を干渉してくるものに対して

 

「僕は嫌だ」

 

と真っ向から否定をする力強さを歌った曲だと考えます。

どうでもいいことならまだしも、

自分が絶対に譲れない何か。

自分が自分でいるためのアイデンティティ(らしさ)を護るためにはたとえ他人に嫌われようが構わないというのが今回の『らしさ』の根幹だと思います。

つまり、せめて絶対に譲れないそれだけは護らないと

死んだも同然

 

生きてる価値ない

 

と、僕らはなんのために生まれてきたのか状態になってしまうから、そこだけは調和をするなと強調しています。

 

f:id:naje58:20200325051820j:image

 

「僕は嫌だ」

 

とは理不尽な同調を一蹴するポピュラーかつストレートな表現だと思っているのですが(間違ってはいないと思う)

紅白の「僕は嫌だ」をご覧になったでしょうか。

f:id:naje58:20200325052000j:image

 

何故だか「苦悩」や「悲しみ」を含んでいるように見えました。

ただ不思議と腑に落ちている自分もいました。

この時の平手さんが何を考え何を思って、あるいは直感的に表現したかはわかりかねますが、

二人セゾンの

 

「生きることは変わること」

 

に全ては凝縮されているのでないかと感じました。

だからこそ欅坂46は魅力的であるのだと直感します。

 

少し話が逸れてしまいましたが、

まとめると

『不協和音』でいうところの『らしさ』とは

『二人セゾン』のような柔軟で選択できるようになりつつも、

『世界には愛しかない』で信じる、確固たるアイデンティティを決定できる権利を絶対に譲らず、

サイレントマジョリティー』での君は君らしく生きていく自由があるということの強調であると言えます。

やはり、根幹である『らしさ』を選択できる重要性を説いているのであり、

『不協和音』も例外ではないと言えます。

 

きっとこんな強い意志を持った人が味方ならとっても心強いし背中を押されます。

欅坂46の魅力とはそういう一緒に闘ってくれるところや転んだらしゃがみ込んで手を差し伸べてくれる指針のようなところ。

ただ、そんな手を差し伸べる人をも支える

『避雷針』や『黒い羊』のような曲も歌っているのが欅坂46だということを声を大にして伝えたい。

まあ、その話はまた今度にでも。

 

あと先程

生きるとは変わること

の話をしましたが、

私、この歌詞が非常に好きでこの一言のための曲なんじゃないかと思うぐらい『二人セゾン』という曲の全てが詰め込まれていると思うんです。

ほぼ全ての曲に個人的なベスト歌詞があるのですが、

例えば、

『世界には愛しかない』の

涙に色があったら人は優しくなる

『エキセントリック』の

僕は普通だと思ってる

なんかは抜群に好きです。

その他に違う曲に視点を向けた

『もう森は帰ろうか』の

僕たちのユートピアは現実逃避だった

僕たちの信じてた世界はフェイクだった

なんかは完全にセカアイへのアンサーソングですし、

『避雷針』の

僕はどっち側にいるの?

は、エキセンのアンサーソングだと解釈しているのですが、

例えば『らしさ』についての共通点で繋がっている表題曲なんかは物語のようになっていたり、

カップリングが表題曲に物申してたり、強調していたりするのでそういった観点で見るのも非常に面白いので、ぜひ欅に限らず好きな曲の歌詞を熟考してみてはいかがでしょうか。

 

以上で考察を終えたいと思います。

次は『風に吹かれても』ですね。

正直こじつけのようになってしまうことも予想されますのでご了承ください。

わざわざご愛読ありがとうございました。

 

https://youtu.be/gfzuzDrVRVM

 

f:id:naje58:20200325061601j:image

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

日向坂46『ソンナコトナイヨ』はダサい?!指摘されるその理由とは?考察

 日向坂46 4thシングル『ソンナコトナイヨ』が発売されました。「かわいい!」などとポジティブな意見がある反面「ダサい」と賛否両論分かれる理由を考察していきます。

 

f:id:naje58:20200220131347j:image

 

さて、さっそく

 

「ダサい」

 

理由について考えていこうと思います。

 

 私が一通り曲を聴いた主観的な意見を述べますと、

まぁ、確かにダサいと言わざるを得ないといった感じですね。

そう感じるのは1980年代のロック調のちょっと古っぽいカッコよさが今どきじゃないからっていうのもありますが、

それ以上に、歌詞がよりそう感じさせるのかと思いました。

歌詞を挙げると

 

春の風がふいに吹いて
窓のカーテンを膨らませた
まるで君が拗ねた時の
ほっぺたみたいに…

切りすぎた前髪
奈良美智の絵だ
誰かに言われて
どうして落ち込んでるのかな

ソンナコトナイヨ 僕はそう思わない
どんな君だって ときめいてしまうよ
ソンナコトナイヨ ハグしたくなるほど
クラスで一番 君が可愛いよ
ちゃんと鏡で自分見てごらん
ホント似合ってるじゃないか
あの絵の女の子だってチャーミングだろう?

さっきまでの日差しと影
教室の床は光の地図
1秒ごとに変わって行くよ
思春期の気持ち

わかってはいたけど
子供っぽいよね
ママにも言われた
そのうち またすぐ伸びて来るでしょう

キニナンテスルナ 僕は嫌いじゃない
どこがイヤなの? 似合っているのに…
キニナンテスルナ いつだって眩(まぶ)しい
世界で一番 好きだと気づいた
他にキレイな人はいるけど
僕は君でなきゃ嫌だ
あの絵の女の子のように目が離せない

コンナスキナンダ いつからかハマってた
どんな君だって がっかりなんてしない

ソンナコトナイヨ 僕はそう思わない
どんな君だって ときめいてしまうよ
ソンナコトナイヨ ハグしたくなるほど
クラスで一番 君が可愛いよ
ちゃんと鏡で自分見てごらん
ホント似合ってるじゃないか
あの絵の女の子だってチャーミングだろう?

どこにでもいるようなタイプなら こんなに好きにはなれないよ
そう他にいないから 君しかダメなんだ
どこにでもいるようなタイプなら こんなに好きにはなれないよ
君だから 君だから こんなに好きなんだ

 

特に1サビ終わりの「ソンナコトナイヨ」と叫ぶ箇所はこっちが恥ずかしくなるくらい「ダサさ」が顕著であります。

 

作詞を手掛けている秋元康さんの傘下でもある姉妹グループ

乃木坂46

欅坂46

についても同様な感情を引き起こす楽曲が存在します。

乃木坂46であれば

 
インフルエンサー

 

欅坂46であれば

 
『ガラスを割れ!』

 

が挙げられます。

歌詞の中に「ブンブンブン」や「Rock you!」といったような字面から滲み出る「ダサさ」があります。

しかし、双方ともにメロディがめちゃくちゃカッコいいかつ、ライブでの盛り上がりが凄まじい曲です。

では、なぜダサい歌詞の曲が盛り上がるのでしょうか。

それは、単純にライブの高揚やメロディ、リズムのカッコよさから成るものが比重を占めていると思いますが、

歌詞や曲を表すパフォーマンスのカッコよさが相乗効果を引き起こすからではないでしょうか。

 

この、

 
「ダサいのにカッコいい(かわいい)」

 

いやむしろ、

 

「ダサさいからこそカッコいい」

 

ことがカッコよさや可愛さに拍車をかけるのです。

 

だって、

カッコよさが仮に10だとして

ダサさが0だとすると

その差は10のままなんですけど、

 

ダサさが−nだとすると

その差はn分だけ大きくなります。

 

つまり、

この伸び代こそが良さを際立たせているのであり、

「ダサさ」は不要な要素ではないと言えます。

 

この二律背反性を「ブサカワ」と称されることご多い犬の名から

 

『ブルドック曲』

 

と勝手に命名と定義付けさせていただきますが

恐らく秋元康さんはこのブルドック曲を意図して作ってしょう。

さすが敏腕プロデューサーですねw

 

また、

具体的な「ダサさ」については

「若さ」や「思春期」

ならではの「ダサさ」が描かれていることが多いです。

それは、

秋元康さんが等身大の若者に向けた作詞をすることが多いからでしょう。

バーナム効果

と言って、

それっぽいことを言って共感を生み出し自分がある特定の集団に帰属意識を芽生えさせることを言います。

故に若年層のファンが多いのは必然です。

秋元さんはこれが上手い。

 

今回の場合、

前髪を切りすぎちゃった自己肯定感の低い女の子に

「ソンナコトナイヨ」と女の子の魅力に

自分「だけ」は気付いているよ!

という意思表示は

一見「だけ」という特別な集団に属しているような気がしますが、

きっと恋愛において割とあるあるな事柄。

この自分だけは気付いているという共感が

「自分は特別な集団にいる」

と各々が思い込むことによって多くの

「だけ」

の集団が完成します。

 

ここで、共感を生み出すために使われるツールこそが先程述べた「若さ」や「思春期」からなる

 

「ダサさ」

 

なのだと思います。

 

どういうことかと言うと、

例えば、

クラスで一番 君が可愛いよ

 

教室の床は光の地図
1秒ごとに変わって行くよ
思春期の気持ち

 

クラスや教室などの言葉は学生などの若さを連想させる単語。

それを前提にした上で、

「ソンナコトナイヨ」

「クラスで一番君が可愛いよ」

「君だから こんなに好きなんだ」

とはっきり言ってしまったり、思ってしまう

純粋無垢なもののむず痒さや恥ずかしさが

「ダサい」と感じさせるのではないでしょうか。

 

けれどダサいと思いつつもその中にあるカッコよさや素直さの本質も理解できるから良いと感じるのであって、

「ブンブンブン」については正直私にはわかりませんが、

流行という意味の

「Boom Boom」

ならダサいとは思いますけど、

インフルエンサーである意中に影響されて自分の中の流行がどんどん生まれるという意味は理解できるなとも思います。

同様に「Rock you!」もダサい反面ストレートな感情でカッコいいとも思いますね。

 

よって、「ダサさ」はより共感と理解のコクを深めるソースのようなもので、

酸いも甘いも噛み分けるアクセントとしてあえて用いられているものだと想像できます。

 

以上で考察を終わりたいと思いますが、

日向坂最近勢いがすごいですね!

ドラマもバラエティも面白いですし、

グループのこれからの躍進に期待です!

 

どうでもいいですが私はみーぱん推しです。

では。

 

https://youtu.be/7njC5lgL61c

 

 

f:id:naje58:20200220161731j:image

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

欅坂46が求める『らしさ』とは何か『二人セゾン』編

 今回はタイトルにもある通り、

 

『二人セゾン』

 

での『あなたらしさ』を考えていこうと思います。

 

前回までの『サイレントマジョリティー』や『世界には愛しかない』編については読んでいただければより理解が及ぶところだと思いますので、下記URLから参照していただけると幸いです。

https://naje58.hatenablog.com/entry/2020/02/10/234333

それでは、

 

 

ep.3『二人セゾン』

f:id:naje58:20200219043543j:image

 

二人セゾンといえば欅坂46の中でも名曲中の名曲。

ファンの皆様からの支持も厚い一曲だと認識しておりますが、私もそのうちの1人です。

 特にMVとライブでのラスサビ。

ただ歩いているだけのパフォーマンスなのにあそこがダントツでカッコいい。

なんだろう、あの一体感が生み出す圧力は。

『不協和音』だとか

『ガラスを割れ!』のような

ビリビリした威圧感じゃなくて、

じわじわ心を浸食していくようなあの感覚。

たまらなくエモーショナルな気持ちになってしまいます。

ちょっと話題が逸れてしまいました。

すみません。

 

一見恋愛色が強いこの曲に果たして『らしさ』は

存在するのでしょうか。

では、まずは歌詞から

 

二人セゾン
二人セゾン
春夏(はるなつ)で恋をして
二人セゾン
二人セゾン
秋冬(あきふゆ)で去って行く
一緒に過ごした季節よ
後悔はしてないか?
二人セゾン

道端咲いてる雑草にも
名前があるなんて忘れてた
気づかれず踏まれても
悲鳴を上げない存在

誰かと話すのが面倒で
目を伏せて聴こえない振りしてた
君は突然
僕のイアホン外した

What did you say now?

太陽が戻って来るまでに
大切な人ときっと出会える
見過ごしちゃもったいない
愛を拒否しないで

君はセゾン
君はセゾン
僕の前に現れて
君はセゾン
君はセゾン
日常を輝かせる
昨日と違った景色よ
生きるとは変わること
君はセゾン
HA-

街を吹き抜ける風の中
何かの香りがしてたのに
振り返る余裕とか
興味もなかった

自分の半径1m
見えないバリア張った別世界
そんな僕を
連れ出してくれたんだ

What made you do that?

一瞬の光が重なって
折々の色が四季を作る
そのどれが欠けたって
永遠は生まれない

二人セゾン
二人セゾン
春夏(はるなつ)で恋をして
二人セゾン
二人セゾン
秋冬(あきふゆ)で去って行く
儚(はかな)く切ない月日よ
忘れないで

花のない桜を見上げて
満開の日を想ったことはあったか?
想像しなきゃ
夢は見られない
心の窓

春夏秋冬 生まれ変われると
別れ際 君に教えられた

君はセゾン
君はセゾン
僕の前に現れて
君はセゾン
君はセゾン
日常を輝かせる

二人セゾン
二人セゾン
春夏(はるなつ)で恋をして
二人セゾン
二人セゾン
秋冬(あきふゆ)で去って行く
初めて感じたときめき
思い出はカレンダー
二人セゾン
HA-

僕もセゾン

 

f:id:naje58:20200219050228j:image

 

まず、前提として「セゾン」とは

フランス語で「季節」の意味。

英語で同じく季節という意味がある

「season」

シーズンが訛ってセゾンになったのでしょう。

直訳すると「二人の季節」

ここで言う二人とは、曲中に出てくる主人公である

『僕』と

僕が好意を抱いている

『君』

であることが予想できます。

 

世界には愛しかないまでの僕は自己中心的であり、自身の興味の範疇を超えたものは見ようとしてきませんでした。

誰かと話すのが面倒で
目を伏せて聴こえない振りしてた
君は突然
僕のイアホン外した

自分の半径1m
見えないバリア張った別世界
そんな僕を
連れ出してくれたんだ

 

 しかし、そんな想像のガラスを割ってくれた『君』によって『僕』という人間は自分以外の他者を認めていくようになります。

道端に咲いている雑草に名前があることだとか、

風の中にある何かの匂いだとか、

僕が君を好きなことだとか。

 

なんでもなかった日常を色鮮やかに輝かせてくれたのは紛れもない『君』のおかげであり、

そんな『君』に『僕』は恋をしていると気づきます。

 

誰に反対されても心の向きは変えられない

やりたいことをことを貫き通すのがアイデンティティだった「僕」にとって考えられなかった選択ですが、

この変化こそが二人セゾンで言うところの

『らしさ』

であると言えます。

必ずしもあなたらしさを貫くことが正しいとは限らないし、

『君』のような何か要素に作用や影響されて、

気持ちや考え方が変わることってザラにありますよね。

つまりそれは自分らしくいることへの妥協ではなく、

柔軟に選択できる成長だと思うのです。

サイレントマジョリティーでは選択できることの重要性を説いていますから、

状況に応じて『らしさ』が変わってしまったとしてもそれを自ら選ぶことができればそれも『らしさ』だ。

と言えるような気がします。

まさに、

 

生きるとは変わること

 

ですね。

f:id:naje58:20200219063304j:image

 

まとめになりますが、

この世は盛者必衰、栄枯盛衰、諸行無常の中にあるわけですから、変わりゆくことは必然と言えます。

『僕』は『君』と出会い、別れ、

「君はセゾン」と君が変わっていくことに嘆きもしますが、

春夏秋冬 生まれ変われると
別れ際 君に教えられた

みんな変わっていくものと教えられたことで「僕」は気がつくのです。

嗚呼、そうか

 

「僕もセゾン」

 

だと。

 

かく言う欅坂46も卒業や加入によって変わっていくもので、

自分が今こんなに好きな欅坂46だって時間が過ぎたら熱が冷めてしまうかもしれませんし、

違うものに熱中するかもしれません。

はたまた欅坂46に再熱することだってあるでしょう。

もちろん欅坂46問わずに言えることですが、

その時の自分の気持ちや状況によって何かを選択できれば、

それは本質的に世界には愛しかないで言うような

自分の心に従った『らしさ』と相違無いのです。

つまり

『二人セゾン』とは、

『らしさ』を柔軟性がある変化という視点で捉えたわけです。

一般に「欅っぽさ」や「欅らしさ」が無い曲と言われがちですがしっかりそこにも根付いていたのです。

 

 以上で二人セゾンの考察を終わりたいと思います。

次は不協和音ですね。

二人セゾンとは対照的な考え方をする僕から見る「らしさ」とは何か考えていきたいと思います。

最後までお読みいただきありがとうございました。

 

https://youtu.be/mNpPQXMgtmw

f:id:naje58:20200219072034j:image

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

欅坂46が求める『らしさ』とはなにか『世界には愛しかない』編

 今回は前回に引き続き『世界には愛しかない』通称セカアイからみる『らしさ』について考えていきたいと思います。

 前回定義した基本的なことと『サイレントマジョリティー』の考察は下記URLに記載しておりますので、お時間があれば是非ご覧になってください。

 

https://naje58.hatenablog.com/entry/2020/02/04/221355

 

ep2.『世界には愛しかない』

f:id:naje58:20200210215450j:image

 

さて、まず前提として曲中に出てくる

「僕」を

各曲の同一人物だと仮定すると、

サイマジョによって『気付き』を得た僕が

『らしさ』を追い求める

 

理想的な世界

 

と言えることができると思います。

欅坂の代名詞として使われる曲(サイマジョや不協和音)とは毛色が違っていますがこの曲にも

『あなたらしさ』が根付いています。

 

f:id:naje58:20200210234321j:image

歌詞を参考にすると

 

「歩道橋を駆け上がると、夏の青い空がすぐそこにあった。
絶対届かないってわかっているはずなのに、僕はつま先で立って
思いっきり手を伸ばした。」

ただじっと眺め続けるなんてできやしない
この胸に溢れる君への想いがもどかしい

「真っ白な入道雲がもくもくと近づいて、
どこかで蝉たちが一斉に鳴いた。
太陽が一瞬、怯(ひる)んだ気がした。」
「複雑に見えるこの世界は
単純な感情で動いている。」

最初に秘密を持ったのはいつだろう?
大人はみんな嘘が多すぎて忘れてる

通り抜ける風は 僕に語りかける
もう少ししたら夕立が来る

世界には愛しかない
(信じるのはそれだけだ)
今すぐ僕は君を探しに行こう
誰に反対されても
(心の向きは変えられない)
それが (それが) 僕の (僕の) アイデンティティ

「空はまだ明るいのに、突然、雨が降って来た。
僕はずぶ濡れになりながら、街を走った。」
「夕立も予測できない未来も嫌いじゃない。」

最後に大人に逆らったのはいつだろう?
あきらめること強要されたあの日だったか…

アスファルトの上で雨が口答(くちごた)えしてる
傘がなくたって走りたい日もある

未来には愛しかない
(空はやがて晴れるんだ)
悲しみなんてその時の空模様
涙に色があったら
(人はもっとやさしくなる)
それが (それが) 僕の (僕の) リアリティー

君に遭った瞬間 何か取り戻したように
僕らの上空に虹が架かった

世界には愛しかない
(信じるのはそれだけだ)
今すぐ僕は君を探しに行こう
誰に反対されても
(心の向きは変えられない)
それが (それが) 僕の (僕の) アイデンティティ

「全力で走ったせいで、息がまだ弾んでた。
自分の気持ちに正直になるって清々しい。
僕は信じてる。世界には愛しかないんだ。」

 

 

印象的なピアノのイントロとポエトリーから始まるこの楽曲は全体を通して、

 

楽観主義の極み

 

と言えるかもしれない。

 

世界には愛しかない
(信じるのはそれだけだ)
今すぐ僕は君を探しに行こう
誰に反対されても
(心の向きは変えられない)
それが (それが) 僕の (僕の) アイデンティティ

 

サビの歌詞からわかるように、

『僕』は確固たる信念を持ってそれを自身のアイデンティティ(個性=らしさ)だと信じて疑わない。

 

おそらくここでの僕の心情を察するに、

きっと、みんなが(サイマジョで言うところの)気づきを得られれば幸せになれる。

なんて素晴らしい世界なんだろう!

嗚呼、世界には愛しかない!

 

確かに間違ってはいないと思います。

みんなが幸せになれる最善策だとも思います。

 

しかし、世界には愛以外も存在するという残酷な真実を無視することはできません。

この事実に僕は気づいていないのでしょうか。

おそらく、絶対に届かないってわかっている青空に手を伸ばすように、わかってはいるのでしょう。

わかってはいるのだけれども、

何か希望をもって理想に向かって手を伸ばすのを止められないのでしょう。

 

一般的に何かの事象に対してある程度経験を積んでいると、どうなるかという結果が予想できます。

それに対して、合理的かつ功利的判断をしてしまいがちです。

先程の青空の例がわかりやすいかと思いますが、

青空がずっとずっと遠くにあることや

手を伸ばしても届かないことを知っているから

きっと、手を伸ばすことをしないでしょう。

 

大雑把ですが大人になるってこういうことなのだと思います。

 

だからこそ、わかってはいても

『愛』や『希望』

といったスピリチュアルな可能性を信じて挑戦していく「僕」が愛おしくてたまらない。

 

私自身、夕立のような予測できない未来のものは怖いし嫌だと感じます。

実際に直面すれば、

「傘を差す」だとか「建物に入る」、「風邪引かないように」

といったように無意識に雨に当たらないような合理的な選択をしてしまいます。

でも、傘が無くたって走りたくなっちゃう「僕」を馬鹿だなと思うと同時に

合理性を度外視できるところに羨ましいとも思います。

 

きっとそんな馬鹿で平和ボケしている「僕」にこそ何か先の見えない未来を希望にしていけるような力があるのではないかと思います。

 

今の時代、「世界には愛しかない」と掲げても鼻で笑われたり、無理だと決めつけられるだろう。

それでも、

誰に反対されても
心の向きは変えられない

強い信念を貫き通す「僕」は誰よりも

 

『あなたらしさ』

 

を持っていると言えます。

 

f:id:naje58:20200210233945j:image

 

まとめですが、

セカアイでいう『あなたらしさ』とは、

サイマジョで得た「気づき」による選択を

何があっても揺るがない信念で貫き通す美しさを歌った曲だと言えます。

 

さて、ここまで強い信念を持った「僕」はこれからどうなっていくのでしょうか。

個人的にはここから分岐になると思っていて。

 

ネクストコナンズヒント的なやつだとこんな感じ。

「君」という存在にであって「僕」はどうなるのか(3)

曲げられない信念同士がぶつかり合うとどうなるのか(4)

 

また考察していきたいと思います。

最後までご覧いただきありがとうございました。

 

 

https://youtu.be/83vyrFFjiqQ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

欅坂46と平手友梨奈が求め続けた『Be yourself 』を表題曲を通して考察。サイレントマジョリティー編

欅坂46のテーマともいえる

Be yourself』

とは一体どういうものなのか、何を伝えたいのかを表題曲などの要素から論理的に考察していきたいと思います。

あくまで自己解釈ですので悪しからず。

 

f:id:naje58:20200202035246j:image

 

その前に、

2020年1月23日。衝撃的な発表は唐突に。

 

欅坂46メンバーの織田奈那さん、鈴本美愉さんが卒業。佐藤詩織が休止。そして、平手友梨奈さんが脱退を同時に発表しました。

 

運営さんが出した簡素的な文字列とは裏腹に複雑な感情を抱いたファンの方も多かったのではないでしょうか?

世間では卒業と脱退の違いについて疑問を持っていたとは思いますが、きっと本質的なことはそこではなくて。

なぜなら、いなくなってしまう事実に変わりはないのですから。

 

デビューからセンターに立ち続けた彼女は一体なにを考え、どうして欅坂を離れる選択をしたのか。

我々が考えたところで答えは出るはずもありません。

ラジオで仰っていましたが話したいときがくるその日までゆっくりと待ちましょう。

 

さてさて、それでは本題に。

 

私自身、欅坂46に触れることで大きな感銘を受けました。

特に東京ドーム公演は現地でも、先日発売した映像でも様々な感情を引き起こしてくれました。

 

しかし、ふと引っかかることがあったのです。

 

それは、Wアンコールの『角を曲がる』の歌詞でした。

 

「らしさって一体何?」

 

の部分。

東京ドーム公演の主題でもある『Be yourself』

私個人としては『サイレントマジョリティー』の一節から

 

『君は君らしく』

 

と訳しているのですが、

この2つの『らしさ』は似ているようで違うものなのではないかという疑問が浮かびました。

 

考えるに両者の相違点とは

 

自らが信じた『らしさ』と

他人に決められた『らしさ』

 

なのではないでしょうか?

 

そうすると前者の『らしさ』とは『Be yourself』

 

「らしさって一体何?」と自分の『らしさ』に疑問を持つのは後者によるものだからではないかと思うのです。

 

『角を曲がる』は前者と後者に葛藤する曲。

 

欅坂46とは『らしさ』を求める学問なのかもしれませんね。

 

真理を求め、導き出した解が曲という形で発信されているのでしょう。

 

もちろん全曲が『らしさ』を考える楽曲じゃなくて、

『恋愛』や『将来』

などについてを歌った曲もあり、

ジャンルによってそれぞれ魅力があります。

 

今回は欅坂46を表す曲。つまり表題曲(今回はサイマジョ編)から『らしさ』について考えていこうと思います。(違うジャンルも今度書こうかな)

 

 

ep1.『サイレントマジョリティー』

f:id:naje58:20200202035100j:image

 

欅坂46と言えばやはりこの曲。

この曲は後々の楽曲の分岐となる基盤や指針。

 

当時高校生だった私はこの鮮烈なデビューに震撼しました。

さらに衝撃だったのは全く聴かなかったJ-popを受け入れられるようになった自分自身にですね。

そのくらい私にとって魅せられた曲ということに間違いはありません。

 

この曲の凄いところはあくまで、

 

選択肢を提示すること。

 

君は君らしく生きて行く自由があるんだ
大人たちに支配されるな
初めから そうあきらめてしまったら
僕らは何のために生まれたのか?

 

例えば、「男らしく」「姉らしく」「子どもらしく」「弱者らしく」

「アイドルらしく」「センターらしく」

 

平手友梨奈らしく」

 

挙げればきりがないが恐らく生きている中で誰しもが経験したことあるレッテルの烙印のはずです。

 

でもきっと、過去にはそうすることによる正解や成功があって、

「理想像」

というものが生まれたのではないでしょうか?

 

ならば同じような正解や成功を収めるために過去を踏襲するのはそれで皆が幸せであり正しいと思える限り、至って合理的かつ最善と言えます。

 

しかし、

『月曜日朝スカートを切られた』

のような、どこかの暗闇でストレス溜め込んで憂さ晴らしのためにスカートを切るような人間が存在するのです。

 

つまり、理想像を追い求めても全員が成功したり幸せになるわけじゃないことがわかります。

 

従って、他人に決められた『らしさ』に疑問を持つのは当たり前のことです。

 

だから自分にとって何が正しいかは常に自分で決めなければいけない。

他人に押し付けられた『らしさ』を「YES」と言うのも「NO」と言うのも

それを選ぶことができることが本当の

『らしさ』

だと『サイレントマジョリティー』は言っているのです。

 

この『気づき』がパフォーマンスでいうところの、

 

モーセ十戒

 

であり、思考を巡らせることでそれまでなかったところに道ができる可能性があるという啓発的表現なのだと思います。

 

思えばこのデビュー曲自体、通常誰もが思い描くような

『アイドルらしい』

という既成概念をぶっ壊している。

乃木坂46』さんのような『清楚感』は残しつつも、

『笑顔』や『明るさ』を要しない。

それは、『サイレントマジョリティー』という曲において必要ないと判断できたからです。

これも欅坂46が『らしさ』を求める上での1つの選択なのでしょう。

 

しかし私は疑問に思っていました。

こう歌っている彼女たちの背景で

 

大人たちが曲を決めて

大人たちが歌詞を決めて

大人たちが方針を決めているではないか。

 

それってとても皮肉な話でただのマリオネットじゃないか。

もしかすると、当初のメンバーは与えられた曲に必死で文字通りのマリオネットだったのかもしれませんが、

 

欅坂46は全員で曲を解釈する時間を設けていて自らの意思で踊るということを徹底しているそうです。

 

だからライブなんかで曲を観てもそうしたニヒリズムは全く感じなかったです。

さらに言うなら『サイレントマジョリティー』のMVに遡っても、

 

NO!と言いなよ!サイレントマジョリティ

のところの彼女の目は微塵も踊らされているようには見えませんでした。

 

この時すでに自分たちで考え、

自分たちで信じた『らしさ』を選択していたとするならば、

彼女たちほどこの曲を表現するのにふさわしい体現者はいないと思うのです。

 

だからきっと目が離せないのだと思います←

 

今回はサイマジョからの考察でしたが、

『気づき』を得た『僕』は今後どう行動していくのか、

随時この視点を中心に各々どういう視点で『らしさ』を捉えているのか考えていきたいと思います。

 

f:id:naje58:20200204232637j:image

 

 

https://youtu.be/DeGkiItB9d8

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

欅坂46 夏の全国ツアーin東京ドーム セトリとライブレポ 卒業生の〇〇も踊ってた! ダブルアンコールで角を曲がる披露!!

どうも、私です。

今回は欅坂46in東京ドーム初日と2日目両日参加させていただきました。

ライブ中特に惹かれた点について綴っていこうかなと思います。

 

まずはセットリストですね。

 

1.Overture

2.ガラスを割れ!

3.語るなら未来を…

4.Student Dance

5.エキセントリック

6.世界には愛しかない

7.青空が違う

8.バレエと少年

9.制服と太陽

10.二人セゾン

11.キミガイナイ

12.もう森へ帰ろうか

13.僕たちの戦争

14.結局、じゃあねしか言えない

15.サイレントマジョリティ

16.避雷針

17.アンビバレント

18.風に吹かれても

19.危なっかしい計画

20.太陽は見上げる人を選ばない

EN1

21.不協和音

EN2

22.角を曲がる

 

ある程度欅ファンならこのセトリだけで気がつくと思いますが、ヤベエです。これはヤベエのです。

欅の人気ナンバーを惜しみなく詰め込んだバーゲンセール。曲順も文句なしの460点。

f:id:naje58:20190923015605j:image

ど頭から『ガラスを割れ!』会場の雰囲気がまるでライブ終盤もしくはアンコールのようなテンション。あれ?これ一曲目だよな?って思うほどのメンバーのパフォーマンスと表情。仮にライブがメンバーとファンの闘いだとするのならいきなり不意打ちをくらった感じ。曲自体は表題曲だし一発目に来てもなんらおかしくないストレートな曲なのに、こちらが油断というか変に斜に構えてるせいで初球見逃し160km。この一球一球魂込めてる感じがたまらなく好きです。

f:id:naje58:20190923025249p:image

 

『Student Dance』ではメンバーがスマホでリアルタイムで撮影をするというユニークかつ世界観に入り込んだパフォーマンス。曲中では中央のステージから水しぶきをあげメンバーのダンスをより一層輝かせていました。最後はスマホのカメラをこちら側に向けて曲終了。様々な考察があると思いますがみなさんならどう捉えますか?

f:id:naje58:20190923015725j:image

 

次曲『エキセントリック』では天ちゃんの「もうそういうの勘弁してよ」シビれた。13歳に泣かされた。というか、二期生凄くないか?まだ入って1年ぐらいで全員が欅のメンバーとして仕上がってる。後で書きますが『計画』での松田ちゃんと藤吉さんのの煽りとか保乃ちゃんの「僕は嫌だ」とか、後釜って絶対プレッシャーなのに負けないぐらいのエネルギーで魅せることができるとは…末恐ろしいな二期生。

からの急な暗転。メインステージにいたメンバーがなんとセンターステージに。あれどうやってあの短い時間で移動したんだ。マジック観てる気分でした。

f:id:naje58:20190923025150j:image

 

エキセントリックの次が『世界には愛しかない』ですよ。散々「愛なんて縁を切る」なんて言っておいて「世界には愛しかない。信じるのはそれだけだ」ですよ。どんな心境の変化あったらそう思えるんだ。宝くじ3億当たるとかかな。また曲中ではMVで使った傘を用いてたり、歌詞に出てくる歩道橋をステージで再現したりと一つ一つこだわりを感じました。

 

ちょっと飛んで『二人セゾン』この曲ですごいものを見てしまったのです!。

平手さんのソロダンスのところ、「花のない桜を見上げて〜」のところ!

ふと関係者席の方に視線が移って私の瞳に映ったものが…

 

なんと!!

 

 

志田愛佳さんと長濱ねるさんが踊っていたんです!!

 

ヤバくないですか?!?!

詳しく説明すると、前述した平手さんのソロパートを2人がサイリウムを振り回しながら踊っているんですよ!

ちなみに他の曲でも定期的に当時を思い出してなのか踊っていました。

 

さらにさらに!

 

今泉佑唯さん、米谷奈々未さんもライブに来ていたみたいなのです!!

個人的にお二方は確認できなかったのですが、

ソースは冠番組のMCでもある土田晃之さんのラジオで「卒業した4人も来ていた」と公言していらっしゃったので間違いはないかと思います!

 

んで、ねるちゃんと志田さんのダンスを見たときにどうしようもないエモーショナルな気持ちになってしまい、自然と涙が溢れてきました。

だってあれですよ!

ちょうど歌詞も、

 

「花のない桜を見上げて満開の日を思ったことはあったか?」

 

ですよ?!

 

卒業して減ってしまった現状の桜(欅坂46)を見て満開の日(21人だったころ)を思ったこと(ライブしているまさに今)はあったか?

 

と直感的に解釈してしまって、恥ずかしながら感動のあまりとてもマヌケな顔をしていたと思います(笑)

でもあれですよ!!

もちろん卒業して散っていく花は切ないですけれど、散った花は新しい花を咲かせてより輝ける場所に巡り合うだろうし、桜の木には(二期生という)新たな花弁を咲かせているので、私自身は肯定的というかポジティブな考え方です。そんなこといって卒業したらやっぱり辛いんですけどね(笑)

個人的にMVSです!

f:id:naje58:20190923024702p:image
f:id:naje58:20190923024655p:image

 

 

『もう森へ帰ろうか』という曲ではファンたちのいわゆるコールというものをしてほしくないという派閥があります。メンバーの鈴本さんがコール非推奨だったこともありだいたいコールするしないで中途半端になりがちです。

ですがドームは違いました。

緑一色のサイリウムに一切のコールは聞こえず(少なくとも私の周りでは)会場全体に一体感が生まれていました。

そしてこの曲では特に森田ひかるさんの表情に釘付けになってしまいました。

なんだろうあの、無表情なのに哀しさを感じる顔は。逆に小林さんや鈴本さんなんかは無表情に内包されている怒りや憎しみのような感情を抱いている気がしました。

感情を見せない感情表現。奥が深いですね。

 

『結局、じゃあねしか言えない』では、1日目はサイリウムの色がバラバラだったのですが2日目、様々な熱心なファンの皆様の協力のおかげで一面黄色一色になっていました。これについて、メンバーの佐藤詩織さんはとても嬉しかったとブログで綴っていました。想いというのは届くのですね。

f:id:naje58:20190923032309j:image

 

ここからの『サイレントマジョリティー』『避雷針』『アンビバレント』の強烈なラインナップが熱すぎてほぼほぼ脳死で観ていました。

かっこいいに決まってるじゃん。ズルいわ。

f:id:naje58:20190925023006j:image
f:id:naje58:20190925023010j:image

 

続いて『風に吹かれても』。

ここでは完全に平手さんと鈴本さんが優勝。2人して爆笑しながらハイタッチするシーンがもうそれはそれはファンの心を抉るわけですよ。その写真はこちら、

f:id:naje58:20190923031309j:image

ファンたちの間ではかの有名なバスケット漫画『スラムダンク』のワンシーンと完全一致と話題になっています。

それもこちら、

f:id:naje58:20190923031511j:image

 

いや、ホンマやんw

相棒とのハイタッチ。

最高かよ!!

f:id:naje58:20190925023013j:image

 

『危なっかしい計画』では、

もう盛り上がるしかねぇので。

ただただ童心に帰ればいいので。

藤吉さん、松田さんの煽りが本当に焚きつけられる。

そして、埼玉が生んだデコ出しヤンキー小林由依の殺気が込められた煽り!

ついてこいよ!

じゃない、

ついてこねぇと殺すぞ。

そんな迫力。一生ついていきます!

f:id:naje58:20190923032256p:image
f:id:naje58:20190923032305j:image
f:id:naje58:20190923032302j:image

 

 

『太陽は見上げる人を選ばない』にて会場が暖かい空気に包まれたまま本編終了。

菅井さんの挨拶がとても謙虚さを感じさせ品の良さが滲み出ています。

さっきまであんなにタオル振り回していたのに。

 

 

アンコール

 

『不協和音』

 

1日目2日目ともにあの特徴的なイントロが流れた瞬間あの場にいたもの全員が震え上がったと思います。

平手さんが参加した不協和音はなんと紅白ぶり!

私も「やるの?!やっちゃうの?!」と

困惑した反面、嬉しさと興奮に身を委ねていました。

あの時の興奮。

絶対に忘れないし忘れたくない。

そしてなんといってもこの曲の代名詞とも言えるセリフ「僕は嫌だ!」

2回目を担当していたのは元々長濱ねるさんだったのですが今回なんと二期生の

 

田村保乃さん!

 

相当なプレッシャーでしょこれ。

でも、これって誰が決めて担当するんのだろう。

指名なのか立候補なのかはわかりませんが、とりあえず言えることは…適任。あんたしかいないよ。

普段あんなにホニョホニョしているのにあんなにカッコいい姿見せつけられたら惚れないわけないじゃないですか。

ギャップ萌えですね完全に。

んがしかし、帝王平手友梨奈の「僕は嫌だ!」特に2日目の最後のそれは一瞬ではあれど、観ていた者の心に革命を起こしたであろうことは間違いない。

どうでしょう、そんな彼女を現代のナポレオン・ボナパルトと表現させていただいてもよろしいでしょうか?

顔からつま先にかけての全てを用いて体現する「僕は嫌だ!」

本当に形容しがたいのですが彼女の身体から発せられる見えないエネルギーが我々の五感を刺激し、様々な感情になるのです。

んー、適切な言葉が見つからない…伝われ〜!!

でも、見えない『何か』に魅せられたのは間違いないのです。

後に伝説として語り継がれる歴史的瞬間を目の当たりにしているのだ。

歴史とはこうして紡がれていくのだ。

誇張したかもしれませんがそんな感じです(笑)

f:id:naje58:20190925002949j:image
f:id:naje58:20190925002946j:image
f:id:naje58:20190925002952j:image

 

 

そしてなんと、2日目ダブルアンコール

 

「角を曲がる」

 

実はこの曲、平手さん主演の映画『響』の主題歌なんです。

この曲好きすぎてイントロ流れた瞬間わかりやすく頭抱えました(笑)

8枚目に収録されるかなと思っていたのですが残念ながら夢は叶わず…何か大人の事情でCDやライブでは聴けないのかなと諦めていたのですがここにきてですよ。

というか、ダブルアンコールあるの確定した時点で普通のファンなら『新曲』か『黒い羊』だと思うじゃないですか!

本当に良い意味で期待を裏切るグループ。

たった1人で新しい衣装を身にまとい歌う自身の曲。(個人的な考察でこの曲は平手さんのことを歌ってる曲だと思っているのでそう表現しました。今度歌詞とMVの考察書こうかな)

息つく間もなく気がつけば平手さんが涙を浮かべながら

 

「ありがとうございました。」

 

の一言でライブ終了。

会場全体がまるで高貴なオーケストラを観た後のようなスタンディングオベーション

鳴り止まない拍手の渦。

あぁ、これが欅坂46だと痛感しました。

間違いなく私の人生の中で一番に『響いた』ライブ。

なにより一番嬉しかったのが最後に「ありがとう」と言ってくれたこと。

その一言に彼女の人としての成長というか変化を感じました。

『少女』から『大人』へ変わっていくのです。

以前の彼女なら言わなかったであろう言葉。

恐らく彼女が一番憎んで敵意を向けていたのはファンである我々。

そりゃそうですよね

握手会で殺されかけたり、

SNSでは言われようのない悪意の雷が鳴り続けているのですから。

嫌にならない方が無理な話です。

人間だし傷つくし、私の何が分かって発信しているの?ってなりますよね。

だから耳も笑顔も心も塞いで反抗しようと思ったらアンチは勢いを増すばかりで。

『不協和音』『ガラスを割れ!』『エキセントリック』『サイレントマジョリティー』なんかはそんな自分を救ってくれるような強い曲。

けれど、この曲たちの主人公の反抗って残念ながらアンチとやってること一緒なんですよ。

もちろん曲のコンセプトである自由とか権利を胸を張って主張するのってカッコいいし救われるんですけど、仮に子供vs大人、 私vs他人(友達)みたいな構図だとしても、全員が全員敵か?って話なんですよ。寛容な大人だっているだろうし理解してくれる他人だっているかもしれないじゃないですか。

それを「大人はこうだから」「あいつはああだから」ってこれじゃあ偏見の押し付け合いでなにも変わらないし、一辺倒な考え方だなって思っちゃうんですよ。

ただ私はその子供ならではの考え方が曲に現れててとても好きなんですけどね。

でも、それじゃあ分かり合える日なんて来ない。「理解されない方がよっぽど楽だと思ったんだ」という歌詞もあるぐらいですからそれなら突き放してしまえって考え方もわかるんです。

確かに楽だろうし。

けれどどこかでそんな人間だけじゃないと気がついた時、相手を理解しようとする一歩を前へ踏み出せるような気がするのです。

今回の平手さんのその言葉は今まで漠然と敵だと思っていた我々のどこか優しさに触れたのかはわかりませんが、理解しようと前に踏み出してきてくれた「ありがとう」なのではないでしょうか。

だからこそ私は人としての成長・変化を感じたのです。

アンチと同じ土俵で戦うのではなく、敵を許容することで一歩ステップアップした人間になれたのではないでしょうか。

もちろん彼女たちやグループの根幹である自分の意思を尊重することは折れないけれど(先ほど挙げた4曲のような意思)、他人の意見の真意を知ることで視野を広げて物事を捉えられるようになるのではないでしょうか。

そういった意味で欅坂46はターニングポイントとして『角を曲がる』のです。

 

本当に良いものを見せてもらいました。

間違いなくこの夏最高の思い出です。

欅坂46のみなさん

 

 

 

 

ありがとうございました。

 

f:id:naje58:20190925022538j:image

 

 

https://youtu.be/J3_IdDAr-dk