ナージェ’s blog

ありきたりなこと

欅坂46が求める『らしさ』とは何か『二人セゾン』編

 今回はタイトルにもある通り、

 

『二人セゾン』

 

での『あなたらしさ』を考えていこうと思います。

 

前回までの『サイレントマジョリティー』や『世界には愛しかない』編については読んでいただければより理解が及ぶところだと思いますので、下記URLから参照していただけると幸いです。

https://naje58.hatenablog.com/entry/2020/02/10/234333

それでは、

 

 

ep.3『二人セゾン』

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二人セゾンといえば欅坂46の中でも名曲中の名曲。

ファンの皆様からの支持も厚い一曲だと認識しておりますが、私もそのうちの1人です。

 特にMVとライブでのラスサビ。

ただ歩いているだけのパフォーマンスなのにあそこがダントツでカッコいい。

なんだろう、あの一体感が生み出す圧力は。

『不協和音』だとか

『ガラスを割れ!』のような

ビリビリした威圧感じゃなくて、

じわじわ心を浸食していくようなあの感覚。

たまらなくエモーショナルな気持ちになってしまいます。

ちょっと話題が逸れてしまいました。

すみません。

 

一見恋愛色が強いこの曲に果たして『らしさ』は

存在するのでしょうか。

では、まずは歌詞から

 

二人セゾン
二人セゾン
春夏(はるなつ)で恋をして
二人セゾン
二人セゾン
秋冬(あきふゆ)で去って行く
一緒に過ごした季節よ
後悔はしてないか?
二人セゾン

道端咲いてる雑草にも
名前があるなんて忘れてた
気づかれず踏まれても
悲鳴を上げない存在

誰かと話すのが面倒で
目を伏せて聴こえない振りしてた
君は突然
僕のイアホン外した

What did you say now?

太陽が戻って来るまでに
大切な人ときっと出会える
見過ごしちゃもったいない
愛を拒否しないで

君はセゾン
君はセゾン
僕の前に現れて
君はセゾン
君はセゾン
日常を輝かせる
昨日と違った景色よ
生きるとは変わること
君はセゾン
HA-

街を吹き抜ける風の中
何かの香りがしてたのに
振り返る余裕とか
興味もなかった

自分の半径1m
見えないバリア張った別世界
そんな僕を
連れ出してくれたんだ

What made you do that?

一瞬の光が重なって
折々の色が四季を作る
そのどれが欠けたって
永遠は生まれない

二人セゾン
二人セゾン
春夏(はるなつ)で恋をして
二人セゾン
二人セゾン
秋冬(あきふゆ)で去って行く
儚(はかな)く切ない月日よ
忘れないで

花のない桜を見上げて
満開の日を想ったことはあったか?
想像しなきゃ
夢は見られない
心の窓

春夏秋冬 生まれ変われると
別れ際 君に教えられた

君はセゾン
君はセゾン
僕の前に現れて
君はセゾン
君はセゾン
日常を輝かせる

二人セゾン
二人セゾン
春夏(はるなつ)で恋をして
二人セゾン
二人セゾン
秋冬(あきふゆ)で去って行く
初めて感じたときめき
思い出はカレンダー
二人セゾン
HA-

僕もセゾン

 

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まず、前提として「セゾン」とは

フランス語で「季節」の意味。

英語で同じく季節という意味がある

「season」

シーズンが訛ってセゾンになったのでしょう。

直訳すると「二人の季節」

ここで言う二人とは、曲中に出てくる主人公である

『僕』と

僕が好意を抱いている

『君』

であることが予想できます。

 

世界には愛しかないまでの僕は自己中心的であり、自身の興味の範疇を超えたものは見ようとしてきませんでした。

誰かと話すのが面倒で
目を伏せて聴こえない振りしてた
君は突然
僕のイアホン外した

自分の半径1m
見えないバリア張った別世界
そんな僕を
連れ出してくれたんだ

 

 しかし、そんな想像のガラスを割ってくれた『君』によって『僕』という人間は自分以外の他者を認めていくようになります。

道端に咲いている雑草に名前があることだとか、

風の中にある何かの匂いだとか、

僕が君を好きなことだとか。

 

なんでもなかった日常を色鮮やかに輝かせてくれたのは紛れもない『君』のおかげであり、

そんな『君』に『僕』は恋をしていると気づきます。

 

誰に反対されても心の向きは変えられない

やりたいことをことを貫き通すのがアイデンティティだった「僕」にとって考えられなかった選択ですが、

この変化こそが二人セゾンで言うところの

『らしさ』

であると言えます。

必ずしもあなたらしさを貫くことが正しいとは限らないし、

『君』のような何か要素に作用や影響されて、

気持ちや考え方が変わることってザラにありますよね。

つまりそれは自分らしくいることへの妥協ではなく、

柔軟に選択できる成長だと思うのです。

サイレントマジョリティーでは選択できることの重要性を説いていますから、

状況に応じて『らしさ』が変わってしまったとしてもそれを自ら選ぶことができればそれも『らしさ』だ。

と言えるような気がします。

まさに、

 

生きるとは変わること

 

ですね。

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まとめになりますが、

この世は盛者必衰、栄枯盛衰、諸行無常の中にあるわけですから、変わりゆくことは必然と言えます。

『僕』は『君』と出会い、別れ、

「君はセゾン」と君が変わっていくことに嘆きもしますが、

春夏秋冬 生まれ変われると
別れ際 君に教えられた

みんな変わっていくものと教えられたことで「僕」は気がつくのです。

嗚呼、そうか

 

「僕もセゾン」

 

だと。

 

かく言う欅坂46も卒業や加入によって変わっていくもので、

自分が今こんなに好きな欅坂46だって時間が過ぎたら熱が冷めてしまうかもしれませんし、

違うものに熱中するかもしれません。

はたまた欅坂46に再熱することだってあるでしょう。

もちろん欅坂46問わずに言えることですが、

その時の自分の気持ちや状況によって何かを選択できれば、

それは本質的に世界には愛しかないで言うような

自分の心に従った『らしさ』と相違無いのです。

つまり

『二人セゾン』とは、

『らしさ』を柔軟性がある変化という視点で捉えたわけです。

一般に「欅っぽさ」や「欅らしさ」が無い曲と言われがちですがしっかりそこにも根付いていたのです。

 

 以上で二人セゾンの考察を終わりたいと思います。

次は不協和音ですね。

二人セゾンとは対照的な考え方をする僕から見る「らしさ」とは何か考えていきたいと思います。

最後までお読みいただきありがとうございました。

 

https://youtu.be/mNpPQXMgtmw

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